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と、房一はひとり言を云つた。
「化物が出た……」と、根津は笑った。「どんな物が出た。」
「どうぞ」
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
その子供染みた好奇心に輝いている横顔は、この老人の胸の奥から恐らくその年齢と調子を合せてゆつくりと流れて来る悦びのためもあつたらう。その悦びの源泉はもとより房一にあつた。
「――さうだな」
と、房一が進み出た。
それは、開業当時のあの身体が自然と弾はずんで来るやうな、患者に向ふと必要以上に診察したり、相手が求める以上にくはしい説明を長々と熱心に云つて聞かせたり、忙しげに薬局と診察室の間を往来しながら待つている人達に声をかけたり、さういふ房一の活気にみちた様子が見る人ごとに快い気持を惹き起させた、そんな張り切つた頃にくらべると、今はまるで時間が急にその歩みをとめて、のろのろと動いているやうに感じられた。
「鮒?――それあ喰べるとも」
「よし!」
「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」
「えらい評判ですなあ。けつこうですよ。ぜひ話しに来て下さい。わたしはこんなにいつもひまですからな」
「閉口でしたな」