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「さあて、帰るかな」
よそは住宅難だが、伊東には売家も貸家も多い。伊東は海山の幸にめぐまれて食糧事情がよかったが、東京も食糧事情がよくなったので、不便を忍んで通勤していた人たちが東京へ戻りはじめたのである。
「やあ」
「怪我人ができたのかね」
そして、食卓に突き立てたまゝになつている短刀を、火箸か何かつかむやうな、無造作な素速い手つきで抜きとると、鞘におさめて腹帯の内側へ入れながら、
「おぢいさん、そんなに立つてばかりいないで腰をかけなさいよ」
房一はさつき起き出したばかりであつた。歯ブラシをくはへると、井戸端で向ふむきにしやがみこんだまゝ、何をしているのかまだ顔も洗はないやうであつた。その円く前こゞみになつた、背中から、口のまはりに白い歯みがき粉をつけた顔がくるりと向きなほると、
うまい工合だと感じた房一はすかさず云つた。
「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」
「ジョン、そら!ウシ!」
房一は笑つていた。
房一は前の方を向いたまゝだつた。